研究科6期生 奥井かおりさんの研究成果がHuman Ecology誌に掲載されました。

「古老の知恵」か「経験機会の喪失」か 自然利用の知識が減少するメカニズム  
 ~ 淡路島の「木の実文化」を例に~

 

1.発表者: 
奥井かおり 兵庫県立大学大学院緑環境景観マネジメント研究科 2015年度修了生(現 株式会社生態計画研究所 研究員)
澤田佳宏    兵庫県立大学大学院緑環境景観マネジメント研究科 准教授・淡路景観園芸学校 主任景観園芸専門員
吉田丈人    東京大学大学院総合文化研究科広域システム科学系 准教授・総合地球環境学研究所 准教授

2.発表のポイント: 
◆ 自然利用に関する知識(伝統的生態学的知識・TEK)には年齢と相関がある、すなわち、若者は高齢の人に比べて自然を利用する知識が乏しいということが、近年、指摘されています。知識と年齢のこのような相関が生じる理由として、加齢によって知識が蓄積される「年齢効果」(“古老の知恵”効果)と、世代が下るほど経験機会が減少する「世代効果」が考えられていましたが、これまで、両者を切り分けようとした研究は数例しかありませんでした。本研究では、淡路島の住民による野生の木の実利用について細かく調べることによって、年齢効果と世代効果を明確に切り分けることができ、知識と年齢の相関は加齢による知識の蓄積によるのではなく、経験機会の消失によることを明らかにしました。
◆ また、自然利用に関する知識の伝達経路が世代間で変化していることを明らかにしました。
◆ 自然利用の経験が減少することによって生物多様性への関心が低下する可能性が指摘されていることから、人と自然のつながりを回復させる活動が今後ますます重要になると考えられます。

3.発表内容
 人間が自然を利用する知識、特に世代を超えて受け継がれてきた知識のことを“伝統的生態学的知識”(traditional ecological knowledge、以下TEK)と呼びます。TEKに関する先行研究の多くは、近年、世界各地で知識が喪失・減少する傾向にあること、また、知識と年齢の間には相関があり、若者は年輩の人に比べて自然利用の知識が乏しいことを示しています。
 このような知識と年齢の相関が生じるメカニズムについて、2つの仮説が考えられています。1つは、加齢に伴って知識が蓄積されていくという仮説で、これを年齢効果(“古老の知恵”効果)と呼びます。もう1つは、世代が下るごとに経験の機会が失われているという仮説で、これを世代効果と呼びます。この2つを切り分けられなければ、知識の乏しい若者でも年齢を重ねるとともに知識を増やしていく可能性(つまり、自然利用の知識が喪失・減少していない可能性)を排除できません。一方、年齢効果ではないことが証明できれば、自然利用の知識が本当に衰退していることの証拠となります。これまでに、自然利用の知識について、年齢効果と世代効果を切り分けようとした研究は数例しかなく、明確には切り分けられていませんでした。
 本研究では、この2つの仮説を検討するため、2015年から2016年にかけて、淡路島の住民40人を対象としたインタビュー調査と、淡路島の幅広い世代の228人を対象としたアンケート調査を行いました。インタビュー調査では、野生の木の実の利用経験や思い出を話していただき、これを詳細に記録しました。アンケート調査では、6種の野生の木の実(キイチゴ属・グミ属・アケビ科・シイ属・ヤマモモ・ブドウ属)の利用経験の有無・利用期間(何才の頃に利用していたか)・知識の伝達経路(その知識を誰に教えてもらったか)を尋ね、その回答を世代ごとに整理しました。
 インタビュー調査の結果、淡路島で50種類の野生の木の実が利用されていることを確認しました。その用途は「食べる」「集めて売る」「おもちゃを作る」「渋を得る」「油を得る」「お供え物にする」「釣りの餌にする」などが挙げられていました。
 インタビュー調査で頻出した6種の木の実について、その利用経験の有無をアンケート調査で尋ねたところ、若い世代ほど利用種数が少なく、知識が喪失・減少している可能性が示唆されました。
 木の実を利用した期間を尋ねたところ、ほとんどの回答者が子ども時代(12才以下)に利用を開始し、大人になる前に利用を終えていることがわかりました。これによって年齢効果と世代効果を明確に切り分けることができ、知識と年齢の相関は、加齢による知識の蓄積によるものではなく、世代が下るほど経験機会が減少しているためであることが明らかになりました。
 さらに、経験機会の減少と関連して、野生の木の実を利用する知恵の伝達経路が、世代によって変化していることを初めて明らかにしました。かつて、木の実利用の知識は子ども同士で伝達されていましたが、近年は祖父母や両親、先生などから伝達され、さらに、インターネットやテレビ、本など新しい伝達経路が登場するようになりました。これらの新しい伝達経路では、地域性のある情報が欠落する懸念があります。
 自然を利用する知識の伝達経路とその変化についての理解は、知識の保全に役立てることができます。また、自然利用の経験の減少は生物多様性への関心を低下させる可能性が先行研究により指摘されていることから、人と自然のつながりを回復させる活動が今後ますます重要になると考えられます。

4.発表雑誌: 
雑誌名:Human Ecology(オンライン版:2021年7月2日公開・オープンアクセス)
    Human Ecology volume 49, pages353–362 (2021)

論文タイトル:“Wisdom of the Elders” or “Loss of Experience” as a Mechanism to Explain the Decline in Traditional Ecological Knowledge: A Case Study on Awaji Island, Japan
著者:Kaori Okui*, Yoshihiro Sawada, Takehito Yoshida
DOI番号:https://doi.org/10.1007/s10745-021-00237-w
アブストラクトURL:https://link.springer.com/article/10.1007/s10745-021-00237-w

5.問い合わせ先: 淡路景観園芸学校 澤田佳宏 0799-82-3131
                                                yoshihiro_sawada@awaji.ac.jp

6.用語解説: 
※注 伝統的生態学的知識(Traditional ecological knowledge)
世代を超えて受け継がれてきた人間が自然を利用する能力のこと。伝統的生態学的知識は、希少種の保全、保護地域の管理、持続可能な資源の利用や防災減災など多岐にわたって用いられています。先行研究の多くは、先住民の知識に焦点を当てていますが、近年では先進国における研究も増えつつあります。

7.添付資料



図1 生まれ年と6種の木の実のうちの利用種数との関係。(n=187)
a:各回答者の誕生から現在までの利用種数 b:各回答者の12歳以下時点での利用種数
aは、若い世代ほど木の実利用の知識(経験)が乏しいことを示している。bは、年齢効果を排除してもなお、若い世代ほど木の実利用の知識(経験)が乏しいことを示している。

 




図2 回答者がそれぞれの木の実を利用した期間
細い黒線は各回答者の誕生年から調査時(2015年)までを表し、太い橙色の線は各回答者がそれぞれの木の実を利用していた期間を表す。ほとんどの人が子供時代に木の実利用を開始することが分かる。

 




図3 各世代の木の実利用に関する知識の伝達経路とその順位
円内の数字は各世代の全体に対する割合(%)。

 





図4 淡路島での利用が確認できた自生する木の実(一部)

 

 

 

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