園芸療法課程(全寮制)を修了して

はじめに

 阪神淡路大震災では、神戸市中央区の自宅で被災し、直後から警察官の夫は不在、子供3人と厳しい生活の中、ベランダの植物を眺めることで気持ちが癒されていました。この経験がきっかけで園芸療法士を目指すことになりました。
 家族を一年がかりで説得し38年間看護師として働いてきた神戸市の病院を早期退職、園芸療法課程全寮制へ入学しました。
 この年齢で、皆さんについていけるのかという不安もありましたが、淡路での生活を考えた自動車運転免許取得が4か月でできたことが、“やる気があれば何でもできる”という変な自信につながっていました。

 

淡路でのなつかしい日々

 家族と離れ子供と同年代の若い方たちとの寮生活では、タケノコ堀などを初体験。また、季節の恵み、分区園で育てた野菜などを調理して集会室でワイワイ語り合いながら美味しくいただきました。
 温室での0時間目授業に始まり、教室での幅広い分野の授業。園芸療法実習Ⅱ・Ⅲでは、夏の暑い時期に早起きして西区の実習施設まで高速道路を使って通いました。実習を終えて学校へ帰ってくると実習記録、翌日のプログラム計画。使用物品の準備を済ませて寮に帰るのは夜中です。懐中電灯を片手にイノシシの出現にびくびくしながら真っ暗な中を歩いていたことが思い出されます。実習中に台風の直撃を受けたことも園芸療法学生として貴重な経験でした。辛いこともありましたが、それ以上に楽しく学びの多い実習でした。施設の利用者や職員の方がたに笑顔で受け入れていただき本当に感謝しています。
 同期や先生方にもたくさんの指導や助言をいただき1年間頑張ることができたと思います。淡路での1年間は、私にとって大きな財産です。

 

 私サイズの園芸療法

 卒業した平成29年夏に子供たちを神戸に残し、主人と二人で故郷の宮崎へ転居しました。園芸療法の認知度ゼロの宮崎で、こつこつ活動するしかないとデイサービスでの看護師と、植物の勉強のためにと園芸店での仕事と、二つのパートをかけもちしました。
 デイサービスでは、花壇作りと施設内に花を飾ることからスタートし、25名前後の利用者の方に月2回の園芸療法プログラムを行いました。回数を重ねる度にいきいきとした表情で「今度は何するの…楽しみにしているわ」と声をかけてくださる方が増えてきました。しかし、片道1時間の通勤時間は、体力的にも厳しいと感じ約1年で退職しました。
 現在は、保育所で看護師兼園芸療法士として保育補助をしながらの活動です。
 花壇作り、畑作りで環境を整え、季節の花や野菜を育てることで子供たちへの花育、食育活動を行っています。全職員対象のリフレッシュ研修として年4回の園芸療法プログラムも実施しています。新型コロナウイルス感染症 の影響で5月の研修は中止だったため、育苗していた野菜や花苗を職員、父兄の方に持ち帰って自宅で育てていただきました。
 嬉しいのは、子供たちが草取りを手伝うようになった、野菜や花の成長を楽しみにして見ている子供が増えた、野菜を食べられるようになった、興味のなかった先生が植物を育てるのは楽しい・癒されると感じるようになった、父兄の方が楽しみに見ていると声をかけてくださるなどの変化があつたことで、私もやりがいを感じています。もうしばらく私サイズの園芸療法を続けていきたいと思います。

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