観光ガイドに載っていない淡路島の花の名所-畦畔草原

(↑左:写真1:淡路島の棚田と畦畔草原)
(↑右:写真2:畦畔草原を彩る野の花)


淡路島は「花の島」です。観光ガイドブックにそう書いてあります。明石海峡公園、夢舞台、花さじき、景観園芸学校アルファガーデンなど、いくつもの花の名所がガイドブックで紹介されています。これらはどれも園芸植物で彩られた庭園です。しかし、淡路の花の名所は庭園だけではありません。ガイドブックに載らない花の名所のひとつが、棚田の畦の草原です(写真1)。植生学では「畦畔草原(けいはんそうげん)」とよびます。 畦畔草原をいろどる花の写真を掲げます(写真2)。知っている花がありますか?秋の七草に数えられる花や、茶室を飾る花など、身近な花がいろいろと混じっているはずです(※)。

※写真2の花は,上段左から,カナビキソウ・ツリガネニンジン・アキノタムラソウ.中段左から,マルバハギ・ミヤコグサ・ゲンノショウコ.下段左から,ヤマハッカ・ノアザミ・オミナエシ.

畦畔は多様な草原生植物を支える半自然草原

ここに挙げた花はすべて草原生植物です。草原生植物とは、もっぱら草原に生育し、森林では生きていけないような植物のことです。畦畔に多様な草原生植物が生育しているのは、そこが刈取りという「人為攪乱」と自然の回復のバランスによって、草原として維持されてきたからです(このため、畦畔草原のようなタイプの草原を半自然草原とも呼びます)。おそらく何百年、あるいは、さらに桁違いに長い時間、人々が畦の刈取りを続けることで、草原生植物はその命を継いできたものと思われます。 日本は温暖で多湿な環境であるため、ほとんどすべての場所に森林が成立します。そのような気候下では草原生植物が生きていける場所は限られています。その1つが、人々の生活と密接に結び付いて、人為攪乱で維持されてきた半自然草原といえます。

畦畔から草原生植物が消えてゆく

実はいま、日本中で畦畔草原に異変が起きています。畦畔に生える草原生植物が減っているというのです。畦畔から草原の植物が消える理由は2つあります。

 

ひとつめの理由は、刈取りがおこなわれない畦が増えてきたことです。とくに山間部の農地では耕作をやめるところが増えています。そうすると、畦の刈取りがおこなわれなくなり、その結果、低木やつる植物が繁茂して、草原生植物はいきていけなくなるのです(写真3:放棄され藪と化した耕作地と畦畔)。

ふたつめの理由は、大規模な圃場整備がおこなわれることです。圃場整備の際には、畦はまったく新しく作り直され、もともと生えていた植物は一掃されてしまいます(写真4:もとの表土がすっかり失われた圃場整備直後の畦)。

整備後の畦では、空き地にいち早く侵入できるセイタカアワダチソウや播種された外来牧草類が群落をつくり、もとからあった草原生植物が戻ってこないことが多々見受けられます(写真5:セイタカアワダチソウが優占する整備後の畦畔)。

いま日本では、「耕作放棄され刈取りがなくなった畦畔」と「圃場整備によって草原生植物が減った畦畔」が増えていて、「圃場整備をうけていなくて、かつ、刈取り管理が継続している畦畔」はひたすら減少しているものと思われます。関西では、昔ながらの畦畔がほとんど残っていない地域はいくらでもあります。

そのような状況ですが、淡路島の中北部の山間では、まだ昔ながらの畦畔草原が残っていて、多様な草原生植物を支えています。淡路島の畦畔草原を「花の名所」だと僕が思っているのはそういう理由からです(もっとも、淡路島でも未整備かつ管理継続の畦畔は確実に減っています。もったいない!)。

豊かな畦畔草原を未来に残す=緑環境景観マネジメントの課題

圃場整備は農業の効率化のためには必要であり、耕作放棄は止みそうにありません。このような状況下で畦畔草原の生物多様性を未来に残すためにはどうすればいいでしょうか。このことを考え、実現していくことは、緑環境景観マネジメントの課題のひとつです。生態学・植生学・計画学・社会学・民俗学など、さまざまなアプローチが必要になるでしょう。

もうすぐ大学院開設

さて、いよいよあと1ヶ月ほどで新しい大学院が開設されます。教員である僕は、わくわくしながら、授業や演習の準備をすすめているところです。僕が担当する科目のひとつに「里地里山の保全管理」に関する演習科目があります。この演習で取り組むテーマの1つとして「畦畔草原の再生」を予定しています。本研究科のキャンパスには、学校開設時に造成された法面があり、ここは現在、外来牧草であるネズミムギが優占しています。この場所に、淡路らしい畦畔草原を再生しようというもくろみです。 「地域の自然環境を適切に評価できる」「開発計画の中で地域の自然環境とのすりあわせをうまくできる」「自然環境の評価を保全につなげていける」そんな人が世の中に不足していると思います。興味のある人はぜひ本研究科に入学して、そのようなスキルを磨いてもらいたいと思います。

 

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