竹田 直樹
「六本木ヒルズ インダストリア」でインターネット検索すると、六本木ヒルズが『未来少年コナン』に出てくるインダストリアに似ていると考えている人が大勢いることがわかる。『未来少年コナン』は、1978(昭和53)年にNHKで放映された宮崎駿(1941‐ )らによるテレビアニメ作品で、核兵器をはるかに上回る威力の超磁力兵器を用いた戦争により人類の大半が死滅してしまった未来の世界を舞台に、主人公の少年が活躍する物語である。インダストリアは、前時代の巨大な超高層ビル型の都市であり、雑然とした廃墟のような市街地の中に忽然とそびえ立つ。その姿は、中低層の市街地を背景にそびえる六本木ヒルズの威容とよく似ているのである。現在のインターネット上では、そのインダストリアに行政局長として君臨していた悪役のレプカと六本木ヒルズに入居している株式会社ライブドアの前社長、堀江貴文(1972‐ )氏の関係などがさまざまに論じられている。
森ビルにより、2003(平成15)年にオープンした六本木ヒルズは、コーン・ペダーセン・フォックス・アソシエイツなどによりデザインされたものであり、インダストリアを参考にしたとは考えられず、両者が無縁なことは明らかなのだが、少なくともインターネット上にはインダストリアが実現されたのだと真剣に考えている人たちがいる。
一部の人々であるにせよ、なぜ、六本木ヒルズという現実の風景がアニメに描かれた架空の風景と関連づけられるのだろうか。同様の事例は少なくない。
たとえば、インターネット上に、京都タワーの脇を飛ぶ『鉄腕アトム』の写真を多数見つけることができる。これは、現在、京都駅ビル内に立地する『KYOTO手塚治虫ワールド』が設置した鉄腕アトムの像を京都タワーを背景にして撮影したものなのだが、ここから京都タワーを『鉄腕アトム』の中に描かれた未来都市としてとらえる人々が存在することがわかる。実際、両者はよく似ている。
手塚治虫(1928‐89)による『鉄腕アトム』は、21世紀の未来を舞台に、原子力(後に核融合)をエネルギー源とする感情を持った少年ロボットが活躍する物語である。マンガを原作とし、1963(昭和38)年から66(昭和41)年にかけてフジテレビ系列で日本における初めての国産テレビアニメとして放送された。
一方、京都駅烏丸中央口前そびえる京都タワーは、建築家の山田守(1894-1966)により設計された展望塔だ。1964(昭和39)年にオープンしているから、設計者は当時『鉄腕アトム』を知っていた可能性が高い。ただし、タワーの独特な姿は、海のない京都の街を照らす灯台をイメージしたものとされており、『鉄腕アトム』に影響されたものである証拠は存在しない。
また、「ガンダム建築」という用語があり、すでに建築や美術などの分野で多用されている。これは、主としてバブル期に建てられたメカニカルなデザインの建築を指し、高松伸(1948‐ )、若林広幸(1949‐ )、阿部仁史(1962‐ )、山田誠(1972‐ )などの建築家による作品がその主な対象になっている。
『機動戦士ガンダム』は、日本サンライズが制作し名古屋テレビをキー局として放送された富野喜幸(1941‐ )(現・富野由悠季)によるテレビアニメ作品で、1979(昭和54)年から80(昭和55)年にかけて放送された。子供向けではない青年層をターゲットとする最初のアニメ作品であり、モビルスーツと呼ばれるロボット兵器による戦闘シーンだけでなく、少年から青年への主人公の社会的成長が描かれている。後にシリーズ化され、バブル期に特に人気が高まった。
高松らの建築家が集団として『機動戦士ガンダム』に影響を受けた証拠はないものの、阿部に関しては、モビルスーツから造形的な影響を実際に受けていることを本人が認めており、建築評論家の五十嵐太郎による文献やインターネット上でも確認できる。
以上は、建築に関わる事例だが、里山保全に関するものもある。東京都と埼玉県にまたがる狭山丘陵では、宅地開発などから里山を保全するために土地を買取るナショナルトラスト運動を行う「トトロのふるさと基金」が市民団体により1990(平成2)年に設立された。1991(平成3)年には、1号地の買取りに成功し、2007(平成19)年までに所沢市内に6ヶ所のトラスト地を所有している。
宮崎駿が監督した『となりのトトロ』は、1988(昭和63)年に公開されたスタジオジブリと徳間書店によるアニメ映画作品である。高度経済成長前の昭和30年代(1955~64)初頭に存在した日本の里山の美しさと、子供にしか見えない世界の不思議さが想像力豊かに描かれた。宮崎は、トトロと主人公たちが住んでいる農村集落のイメージについて、特定の地域をモデルにしたわけではないと語っていた。しかし、その後、宮崎自身が1990年代から狭山丘陵におけるナショナルトラスト運動に携わったこともあり、現在では狭山丘陵がその舞台として紹介されることが多い。ただし、里山を「トトロの森」と呼ぶ現象は、全国各地に確認できる。
さらに、同じく宮崎が監督し、2008(平成20)年に公開されヒットした『崖の上のポニョ』は、その舞台が歴史的な港湾景観が残る広島県鞆の浦に関係するとされており、以前から景観問題として議論され訴訟にもなっていた広島県による港湾の一部埋め立てと高架道路建設計画に大きな影響を及ぼし始めている。スタジオジブリ制作による『崖の上のポニョ』は、海沿いの街を舞台に、人間になりたいと願う魚の子であるポニョと、5歳児の少年、宗介のファンタジックな物語である。
以上は、アニメが風景の体験に与える影響および間接的に風景自体に影響を及ぼした事例といえるが、アニメを現実の風景として直接的に実現する試みもある。
鳥取県境港市は、衰退した商店街の活性化を目的として、「水木しげるロード」の整備を1993(平成5)年から行っている。これは、同市出身の漫画家である水木しげる(1922‐ )の作品で後にアニメ化された『ゲゲゲの鬼太郎』『悪魔くん』『河童の三平』に登場する妖怪をモチーフにしたブロンズ像を商店街に設置するというものである。当初、23点で始まったが、その後人気が高まり徐々に増設され、2010(平成22)年には134点に達している。
代表作の『ゲゲゲの鬼太郎』は、1968(昭和43)年にアニメ化され、以後約10年サイクルで5つのシリーズが作られた大ヒット作であり、いずれもフジテレビ系列で放送された。人間に災いをもたらす妖怪を自らも妖怪である主人公の鬼太郎が人間の側に立って倒す勧善懲悪型のストーリーが主題歌とともに人気が高かった。主題歌を歌える人も多いと思う。後にテレビドラマ化されただけでなく、現在ではゲームやパチンコ、パチスロなど多様なメディアとの融合を果たしている。
『となりのトトロ』関連では、2005(平成17)年の愛知万博において、主人公であるサツキとメイの家が、実物大の建築として周辺環境も含めて実現されている。これは、アニメに描かれた風景の明確な具現化といえる。
『機動戦士ガンダム』関連では、2008(平成20)年に、ガンダムのプラモデルを製造販売しているバンダイナムコグループが、「機動戦士ガンダム30周年プロジェクト」として、高さ18mの等身大(1/1スケール)のFRPを素材とするガンダム立像を東京都品川区にある潮風公園に仮設設置した。この作品は、展示期間終了後に撤去されたが、翌年には静岡市への恒久設置を前提にした移設が決まっている。
さらに、2009(平成21)年には、神戸市長田区にある若松公園に、高さ15.6mの等身大(1/1スケール)の「鉄人28号」が恒久設置されている。この作品は耐候性鋼板を素材とし重量約50t、総工費は1億3、500万円におよぶ。資金は神戸市が4、500万円、残りを個人や企業の寄付と協賛でまかなった。設置したのは長田区の商店主らによる特定非営利活動法人「KOBE鉄人PROJECT」で、阪神大震災後の復興と商店街活性化のシンボルとなることを目的とする。だが、公共空間に恒久的に設置された、この「鉄人28号像」は、明確な記念碑としての性質をもっており、それは「自由の女神像」や「レーニン像」などと同じようなものだといえる。ついに、アニメは、自由主義や共産主義と同等の地位を得たのかもしれない。
『鉄人28号』は、神戸市出身の漫画家である横山光輝(1934‐2004)の最初のアニメ化作品で、1963(昭和38)年から66(昭和41)年にかけてフジテレビ系列で第一シリーズが放送された。太平洋戦争末期に陸軍が起死回生のための秘密兵器として開発していた鉄人28号は、戦後になってから主人公の少年探偵・金田正太郎のものとなり、正太郎がリモコン装置で自由に操り、毎週現れる犯罪者や怪物ロボットを倒して平和を守ったのである。
ここでは、現実の環境の中にアニメに関わる要素を積極的にポジティブなものとして見つけようとする人々が存在すること、さらにはそのような要素が現実の環境の中に実際に実現されていることに着目したい。
以上のように、アニメは、風景の体験あるいは風景の創造に現実的な影響を及ぼし始めている。その背景には、アニメやマンガなどサブカルチャーと呼ばれる今日の日本文化が社会にもたらしている多大な影響力があり、それは、風景以外の分野にもたくさん認められる。
●アニメなどサブカルチャーが社会に与える影響
1980年代以降、アニメやマンガなどに没頭する人を意味する「オタク」という用語が定着し、1990年代以降には、アニメやマンガなどの作中人物の服装をまねる「コスプレ」という行為と用語が定着した。これらはともに、すでに日本語のまま世界的な広がりを見せるに至っている。
さらに、日本は現在、ロボット工学の分野で主導的な地位を占めているのだが、この背景にはアニメやマンガの影響があると考えられている。本田技研工業のASHIMO、川田工業・産業技術総合研究所・川崎重工業のHRP-2/HRP-3、ソニーのSDR-4X/QRIOはいずれも二足歩行可能な人型ロボットである。それらは、古くからアニメなどに描かれた、人間社会に溶け込み人の役にたちつつ人と共に生活するロボットというコンセプトに沿う製品といえる。実際、HRP-2/HRP-3の開発者は『機動警察パトレイバー』の影響を受けていることを公言しておりインターネット上で確認できる。
押井守(1951‐ )らによる『機動警察パトレイバー』は、マンガ、テレビアニメ、アニメ映画など複数のメディアを融合するメディアミックスにより、1988(昭和63)年から89(平成1)年にかけて公開された近未来の東京を舞台とする様々なリアルなメカが登場する作品だ。現在のロボット工学の研究者たちにとって、アニメなどに描かれたメカを実現することはひとつの夢であり目標なのかもしれない。
これに関連し、防衛省技術研究本部は、2007(平成19)年に開催した「防衛技術シンポジウム」において、その書類に「ガンダムの実現に向けて」として、陸上装備の中に「先進個人装備システム」を挙げている。防衛省も『機動戦士ガンダム』に描かれたモビルスーツを公式に開発しようとしているようだ。
さらに政府関連では、2009(平成21)年、首相官邸は、宇宙開発戦略本部宇宙開発戦略専門調査会の第5回会合議事録を公開したのだが、この中で、日本政府は国家目標として「日の丸人型ロボット月面歩行計画」を位置づけるとしたのである。このような考え方もアニメの文脈に沿うもののひとつなのだといえるのかもしれない。
また、現代美術の分野においても、サブカルチャーは多大な影響力を見せている。村上隆(1962‐ )は、日本画の手法で、マンガ的な要素を描き1990年代にデビューし、日本の現代美術の第一人者のひとりとなる。アニメなどから派生したフィギュアを思わせる彫刻作品がアメリカのオークションで数千万円で落札されるなど話題も多い。ヤノベケンジ(1966‐ )は、放射能汚染などをテーマにしつつ『鉄腕アトム』を連想させる『アトムスーツプロジェクト』を1990年代に展開。八谷和彦(1966‐ )は、1984(昭和59)年に公開された宮崎駿監督によるアニメ映画作品『風の谷のナウシカ』に登場する、メーヴェと呼ばれる一人乗りの小型ジェット機の実現に取り組んでおり、その試作機を2003(平成15)年に熊本市現代美術館で開催された展覧会で発表し、阿蘇山で飛行実験を行った。
これら以外にもサブカルチャーに関わる表現をするアーティストは多く、初代アニメ世代といえる1960年代生まれがその中核となっている。2000年代には、彼らの作品が「TOKYO ART」として、世界の現代美術におけるひとつのカテゴリーとして認識されるに至り、世界各国で多数の展覧会が開催された。
このように、アニメやマンガなど日本のサブカルチャーは、社会に大きな影響をもたらしているのだが、次にその原因についてアニメを中心に考えてみたい。
●日本アニメの特徴
戦後日本のアニメは、諸外国とは異なる方向に大きく発達し、明らかな固有の様式をもつものになっている。海外では、日本アニメは、animeとよばれ、他のたとえばディズニーなどによるanimationとは区別されている場合が多い。アメリカではanimeはmangaと同じ日本語だと考えられている。
日本貿易振興機構の調査によると、現在、全世界で放送されるテレビアニメの6割程度が日本アニメであり、世界に与える影響はきわめて大きい。また、日本アニメが形成する経済規模も巨大で、インターネット上に公開されているメディア開発綜研の調査によると日本国内における劇場作品、テレビシリーズ、ビデオソフト関連だけでも2004(平成16)年には過去最高の2、257億円に達したとされている。ただし、日本貿易振興機構は2002(平成14)年のアメリカにおける日本アニメの市場規模は5、200億円としており、海外市場は国内より遥かに大きいようである。したがって、アニメをサブカルチャーとするのは厳密には間違いで、経済的には現代日本を代表するメインカルチャーとして認識したほうがよいのである。
日本アニメの特徴のひとつは、ディズニーアニメに代表される1秒間24コマのフル・アニメーションではなく、はるかに安価に製作できる8コマ程度のリミテッド・アニメーションであることだ。ぬめぬめとどまることなく動くディズニーアニメに対し、日本アニメの静と動の対比が明瞭でシャキシャキあるいはピピッとした特有の動きは、リミテッド・アニメーションがもたらすものなのである。これは、1963(昭和38)年に放送が開始された最初のテレビアニメ作品である『鉄腕アトム』の頃から、製作費が異常に安かったことが今日まで影響している。
しかし、この問題を解決、補完するために、様々な工夫が行われ、特有の動画表現が確立されただけでなく、作品のストーリー性や世界観の表現などが深く追求されるようになる。特に深い世界観の表現が、日本アニメ最大の特徴なのだ。
動画表現については、動きの断片を見せることにより、鑑賞者にダイナミックな動き全体を連想させるという、情報量を抑制することにより鑑賞者から想像力を引き出す俳句や和歌、盆栽、水墨画、枯山水などに通じる日本的なテクニックが開発された。この点について『未来少年コナン』などを手がけたアニメーターの大塚康生(1931‐ )は、日本の鑑賞者は自らの想像の中で動きを仕上げてしまうこと、また、能や歌舞伎のキメのポーズに見られるように動きよりも静止を重視する傾向があることなどを指摘する。そして、このような鑑賞者の傾向に対応する動画表現が確立されていくのである。
ストーリー性や世界観の表現を重視する姿勢について、鈴木真司らは『鉄腕アトム』に関連し、「手塚らは、リミテッド・アニメーションを導入するにあたって、米国ではこの手法が単純なストーリーに対して使われていたことを発見し、それらとの差別化を図り、『ストーリーさえ面白ければ視聴者を楽しませることができる』という信念の元に制作された」とする。重厚なストーリーや世界観の創造は、実際にはアニメとマンガの連携によるところが大きいと考えられている。つまり、マンガはもともとストーリーや世界観を描くのに適したメディアであり、とりわけ日本のマンガはその傾向が強いのだが、ここで育成された人材が、アニメの原作を作るという構図がある。
これに関連し、佐野昌己は、多くのテレビアニメが25話前後で成り立っていて、中には100話を超える作品もあり、90分から120分程度でひとつの物語が完結する劇場用作品とは異なり、多くの挿話によって構成される長大な物語を形成することを指摘する。このように、日本アニメはその時間的な枠組みがそもそも壮大なストーリー展開を必要とするものなのだ。
また、製作費を補うために、アニメ作品から派生するキャラクターの版権ビジネス、書籍、音楽、ゲームなど、多様な周辺分野が開拓され、これが後にメディアミックスとよばれるようになるのだが、結果としてアニメが社会に与える影響を著しく増大させている。
こうして、製作されたテレビアニメは、30分の作品を毎週連続的に、全国一律に決まった時間に放送するという形式をとり、それは、現在でも5社という公共政策として保護された限られた数しかない民放キー局を経由するため、視聴率はきわめて高いものとなる。そして、テレビアニメは、全国民にとっての「故郷の風景」のようなものとなり、広く人々に共有されるものとなったのである。
●戦後日本でアニメが発達した原因はどこにあるのか
次の問題は、なぜ、戦後日本においてアニメが著しく特異に発展したのかという問題だ。そのために、まず前述したアニメが社会に与えている影響について、もう一度整理する必要があると思う。
アニメに描かれた風景やメカなどを現実の中に探し、それを発見することをポジティブにとらえる人々がいる。また、アニメを現実の風景として実現しようとする期待や欲望が所在し、実際に実現もされている。公共空間にアニメのキャラクターが記念碑的な像となって建設されている。アニメに耽溺しオタクとなるだけでなく、コスプレすることにより自己とアニメの同一化を図ろうとする熱狂的なファンが存在する。そして、前近代において芸術が宗教をテーマとしたように、アニメをテーマとするアーティストがあらわれ、日本の現代アートシーンの中核を占めるにいたっている。
これらのことをふまえれば、アニメの中に人々にとってのひとつの理想が所在し、アニメは、宗教のように人々に信じられはじめていると考えることが可能になりはしないだろうか。このことが、アニメの発達に影響しているのでは。
●アニメと宗教の関係
近代以降の日本の宗教は、欧米諸国とは異なり、著しく元気がない状況にある。たとえば、世界の大学や研究機関が参加し、共通の調査票で18歳以上の男女1、000サンプル程度の回収を基本とした個人単位の意識調査である「世界価値観調査」の2000(平成12)年のデータによると、日本は無宗教が51.8%と過半数を占める。世界的には社会主義国・旧社会主義国で無宗教の比率が高く、第1位は中国の93.0%、第2位はエストニアの75.7%、第3位はチェコの64.3%となっている。社会主義国・旧社会主義国以外では、オランダの55.0%が最も高く、日本はこれに次ぐ高さとなっている。アメリカの19.8%やドイツの24.9%と比較しても高い。
日本の宗教が元気がない背景については様々に議論されており、江戸時代のキリスト教の弾圧、明治政府により明治維新期に行われた仏教や民間信仰への弾圧である排仏毀釈と天皇制とセットになった国家神道の合成と国民への押し付け、さらには、戦後のGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)による国家神道の解体、加えて日教組によるソビエト連邦の影響を受けた宗教自体の有害性に関する学校教育などが指摘されている。
この中でも学校教育の影響は大きく、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の監督下で1947(昭和22)年に制定された教育基本法により、公立学校における宗教教育が禁止されたことが重要で、子供たちはなんとなく宗教はよくないものなのだと感じるようになってしまった。そして、宗教教育が存在しない学校の休み時間に、子供たちの間で交わされる重要な話題のひとつは、前日に放送されたアニメ番組についての話だったのだ。授業を面白くしようと思い、アニメの話題を引合いに出す教師も少なくないはずだ。
それは前述したように深い世界観に包まれたものだった。また、アニメは実写と異なり、作中人物が俳優やタレントとして実在しないから、作中人物が偶像化しやすいという根本的な特性がある。偶像とは、人間の五感では感じとれない存在である神を、人間にも解りやすく表現するために、彫刻や絵画などの物質的手法で作られた像を意味する。そして、人気のでるアニメ作品ほど宗教的色彩が濃厚に漂っていた。
たとえば、1974(昭和49)年に讀賣テレビ放送・日本テレビ放送網で放映された松本零士(1938‐ )監督によるテレビアニメ作品『宇宙戦艦ヤマト』の、人類の生存をかけ放射能除去装置コスモクリーナーDの受け取りを目的とし、リニューアルされた古い1隻の船に乗って、若者たちが14万8千光年彼方の大マゼラン星雲にあるイスカンダル星に向かうというストーリーは、いかにも旧約聖書にありそうだ。宮崎駿監督による2001(平成13)年のアニメ映画作品『千と千尋の神隠し』の主人公が迷い込む、八百万の神々が集う「油屋」の設定は、神道的アニミズムの世界そのものである。1995(平成7)年から96(平成8)年にテレビ東京系列(TXN)で放送された、庵野秀明(1960‐ )によるテレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』にいたっては、宗教用語を駆使している上、全編の設定が宗教的で、キリスト教系新宗教のプロモーションビデオのようですらある。
以上のようなことから、現代日本において、アニメを代表とするサブカルチャーは宗教を代替するかのような機能をもっており、戦後日本において宗教的要素がきわめて希薄であったことがひとつの要因となり、その特異で著しい発展に寄与したのではないかと思えるのである。
●「内面化された社会的価値」としてのサブカルチャー
たとえば、六本木ヒルズに『未来少年コナン』を、京都タワーに『鉄腕アトム』を、里山に『トトロ』を、高松伸や渡辺誠の建築に『機動戦士ガンダム』を感じる人が存在するのはたしかな事実なのである。これらの事実は、アニメが「内面化された社会的価値」となって、風景の体験に関わっていることの証拠といえる。アニメに代表されるサブカルチャーは、戦後の日本という宗教が著しく希薄な特殊な社会環境の中で異様に発展し、宗教を代替するとまでは言わないとしても、人々に「内面化された社会的価値」ぐらいには十分登り詰めている。
そして、その「内面化された社会的価値」は、風景自体を物質的に創造する原理として機能し始めており、今後、ますます日本の風景に大きな影響をもたらすのだと思う。
[引用文献]
五十嵐太郎(2001)スーパーフラットな建築と日本のサブカルチャー、Japan.Towards Total scape、NAi Publishers、316‐318
大塚康生(2001)作画汗まみれ(増補改訂版)、徳間書店
電通総研、日本リサーチセンター 編(2004)世界60カ国価値観データブック、同友館
佐野昌己(2007)日本アニメの現状と将来 -人的資源の視点からの考察、NUCB journal of economics and information science52(1)、22‐33
鈴木真司・小山裕司(2006)アニメーションと情報社会― 成立過程における情報・制度環境及びその変貌、実践女子大学人間社会学部紀要 2、81‐90
鈴木美南子(1990)戦後改革における宗教教育と信教の自由(一)、フェリス女学院大学文学部紀要25、1‐23
日本貿易振興機構(2005)日本のアニメ産業の動向
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