私は前職の筑波大学で、広い学内敷地の緑地「ミューズガーデン」をコミュニティガーデンとして活用させてもらうなかで、ヤギを期間限定でお借りして飼っていた。たまたま近所にヤギ農家さんがいたり、仲良くしていただいていたフランス語研究者の方が勤めだした茨城大学でもヤギの研究をされている先生がいたり、ということでご縁があったのである。ヤギを呼んだらネタとして面白そうだし、出身国に関わらず学生や近隣の人もいっぱい来てくれそう、ということで取り組んでみた。ふたを開ければ、ヤギ農家さんの方は、ミューズガーデンを造り、管理されていた鈴木雅和先生も当時ヤギをお借りした方だったという。世間は狭いらしい。

ヤギ農家からお借りしたヤギ。子ヤギは究極の可愛さを放つが、成ヤギの表情もなかなか味わい深い


茨城大学から来てくれたデコ(左)とキャサリン(右)


怪力と速力を駆使して脱走したり、暑さや雨を苦手とするヤギのお世話を真夏にしたりするのは結構な苦労もあったが、手伝ってくれた学生も愛着や責任を持ってくれたこともあり、やってよかったと思える挑戦だった。芸術系の学生は実習や作品のモチーフにもしてくれ、飼育を手伝った学生も就活のネタとして大いに活用してくれたようである。

 

学生によるテラコッタ塑像実習の作品


さすがにもうこのような経験は他の大学ではないだろう、と思っていたら、次にお世話になることになった兵庫県立大学の淡路緑景観キャンパス(つまり現職場)にもヤギがいるとのこと。まさか2大学連続でヤギと関わるとは思いもしなかった。

 

スマートシティのようなICTを活かした高度なデジタル技術を活かしたまちづくりが目指される一方で、ヤギのような生き物をまちづくりに取り入れる事例も目に付く頻度が増えているように思う。今のところは、ARやVRによるヤギの実体化では代替できない。デジタル化で自分たちの手から「実感」が離れていくなかで、生を感じたいのかもしれない。もちろん、環境にやさしい除草といった側面もあるだろうが、きっとそれだけではないだろう。正直、除草だけを目的にするには、飼育の手間がかかりすぎる。

 

実際、私もPC作業に疲れたとき(大体15時前後)は散歩も兼ねてヤギを見に行く日がしばしばある。(実際には人間の都合に左右はされているが)生き物が人間社会のようなシステムの外で、ただ生きるために生きているのを見ると、ほっとするのである。実家のネコを見るときの感覚もこれに近い。


都市のなかにある農の空間に関する研究をしていても思うが、人間はやはり生き物で、いくら技術を発達させても、完全に土や生といったものから根源的に離れられないのかもしれない。普段「農の役割は~」、「空間・場の運営管理方法は~」、といった実学的な研究をしているが、そうした現象分析を通じて私が探求したいのは、根本的に人間が求めているものがなんなのか、ということなのだと思う。どうしてそもそもこの緑地計画の分野を選んだのかあまり覚えていないが、こうした面白さを感じているから、緑分野の研究を続けているのだと思う。

ぜひ学生の皆様にも、何か深く掘り下げて考えてみたいものを、見つけてほしいなと思っている。

 

 



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