天野 玉記

園芸療法士という仕事をご存じだろうか? 臨床心理士という仕事はご存じだろうか?臨床心理士は最近マスコミでも取り上げられるため、「心のケアをする人」とか「スクールカウンセラー」とか言われるようになり認知されつつある。私は臨床心理士である。しかし、この資格を取ろうと思った原点には園芸療法があった。

もう30年も前のことである。農学部出身の私が中学校の理科教師になり新任1年目のことである。赴任した校区の中に日赤病院があり病院内に病弱学級(分校)があった。生徒は腎臓病・心臓病・白血病・腫瘍などで長期入院をしていた。病弱学級で理科を教えながら、生徒の様々な悩みを聞いた。「病気の辛さ」「死への恐怖」「学校の友人達への思い」「家族への思い」など。思春期の彼らは生きる原点を見つめながら、環境に適応しようと努力し、懸命に病気と闘い、周りの人に心を配り色々悩んでいた。「いつまで生きていられるだろうか?」「しんどそうにすると親が心配するので親のいる前では頑張る」と言う生徒、「退院して学校でみんなの中にうまく入れるだろうか」「自分は学校の友人から忘れられているのではないか」などなど。そこで私は理科の授業のはじめに「植物の名前を覚えてお友達になろう」企画を始めた。病院から花壇の一区画を借り、道端の雑草を根から掘り起こして授業に持って行き、授業の最初に毎回、持参した植物の科、学名、俗名、名前の由来、その植物にまつわる話などできるだけ面白いエピソードを語った。その目的は「元気な野の植物を知り、生きる力をもらおう」と考えたからだ。さらに植物の名前を知っているというだけで、退院後クラスの友人と植物を介して会話が盛り上がるのではないかとも思った(退院した生徒からの手紙で、ねらい通りになったこともあった)。そのうち、その花壇はまたたく間に美しくはないが元気な雑草が生い茂る立派な(?)雑草花壇となった。

ある日の放課後、背の高い丸坊主にしたジャージ姿の男子生徒が雑草花壇をじっと眺めて立っていた。脳腫瘍で入院しているA君であった。「どうしたの?」と声をかけると、「僕、明日脳の手術なんです。なんか・・、この花壇の元気な雑草が見たくて来てしまいました。雑草なんて名前の植物はないんでしたよね。みんな名前が付いていて、みんなそれぞれのエピソードがあるんですよね。僕も今まで生きてきたエピソードも名前もあるんですよね。この草たちを見ていると元気をもらえるような気がするんです。手術が終わったら絶対に元気になってこの花壇の草たちを見に来ます。」と、にこっと笑って、照れながら言った。私は思わず胸に熱いものが込み上げてきて、A君に「大丈夫。待っているから。」と握手を求めた。A君もしっかり力強く握り返してくれた。
その後A君は約束通り元気になった。

私は、数年後教師を辞めた。子育てのため専業主婦を経て、試薬会社の研究所でバイオサイエンスの研究をするようになった。研究はとてもやりがいがあり面白かった。しかし、ふと、自分にしかできない仕事をしたいと思うようになった。そして、A君との場面をよく思い出すようになった。結局、会社を辞めて大学院修士課程臨床心理学コースの受験をした。40代、遅咲きの受験だった。

人には一生忘れられない体験に出会う瞬間があるようである。神様のプレゼントなのか、一生を左右しかねない体験をする時がある。他の人にとっては、とてもつまらない石ころのような体験が、その人にとっては金剛石の輝きを放つ瞬間があるものだ。

心のケアを求める人は、「死」を考え「生」を考える。臨床心理士は心のケアを求める人に寄り添い、共に語り、共に歩み、そして共によりよい「生」を考える仕事であると考える。園芸療法はその2者の間に、生ある侵襲性の少ない「植物」を介在させ、共に「植物の生」を語りながらクライエントに「生」を実感させることができるとても素晴らしい療法であると考える。臨床心理士はクライエントに合わせて「箱庭」や「絵画」を使い心を表現させて心のケアにあたるが、園芸療法は「生ある植物」にクライエントの「生」を映して、共に「生」を考える療法であると感じる時がある。また、言葉を介在することのできないクライエントに対しても、植物によって癒され、生きるエネルギーを共に享受することができ、お互いに言葉を使わなくてもよい世界を築く事ができるのである。

私はこの園芸療法の底力を感じる時がある。それは「人間も自然の一部なのだ」と実感させられる時でもある。

コラムを読んで下さった皆さまへ
兵庫県立淡路景観園芸学校の園芸療法課程は日本で唯一の園芸療法士養成の公立学校です。本校では臨床現場で実践できる豊富な臨床実習の時間があり、園芸療法のための植物の勉強と臨床心理学の勉強を基礎から学ぶ事ができます。福祉・医療・教育などの現場で心のケアやリハビリを求めるクライエントのかたわらで寄り添い、共に「生きる」ことを考える園芸療法をあなたも学んでみませんか。
興味のある方は、園芸療法課程のページにアクセスしてください。

 

※「教員コラムpart2」は、今回をもちまして終了いたします。

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