澤田 佳宏

はじめに
前回の教員コラムで,田畑の“あぜ”は多様な草原生植物を育む“半自然草原”となっていること,そして,近年は圃場整備や管理放棄によって良好な半自然草原が減少していることを紹介しました。また,大学院の演習科目の中で,キャンパス内の造成斜面に“半自然草原”を創出する予定であると書きました(前回の原稿を書いたのは大学院の開設直前でした)。
あれから1年半.予定どおり,演習科目の一環として草原の創出に取り組んでいます。この科目(「里地里山の保全管理演習」)では,半自然草原の創出のほか,学内の残存林分での里山林管理や県内各地での保全事例の見学など,前後期を通して15回の授業をおこなっており,このうち4回を半自然草原の創出に充てています。
以下,この授業でやっている草原創出について,その内容とこれまでの成果を紹介します。

この演習の目的と意義
この演習では,北淡路の畦畔草原をモデルとする半自然草原をキャンパス内の造成斜面に創出することを目指しています.対象とする斜面は一年を通して外来植物に覆われています。そこでこれらの外来種を抑制しつつ在来の草原生植物を導入し,植生の転換を図ることにしました。
この斜面と同様の外来種が優占する造成斜面は,道路沿いや公園内など,町のいたるところで見られます。このような斜面の中には行政などの管理者の手によって,年に数回の草刈りがおこなわれる所もあります(定期的に草刈りがおこなわれるという点では,在来草本を主体とする半自然草原と共通です)。キャンパス内の斜面での草原創出がうまくいけば,この方法を各地の公園や道路法面などに応用できるかもしれません。
私たちの草原創出は,演習授業の限られた時間に,学生と教員の限られた労力で実施します。こうした手作り的なやり方は,公園緑地などでの市民参加による草原づくりといったプログラムにも応用しやすいでしょう。

演習での作業内容
年4回のスケジュールはつぎのとおりです。
1回目(5月上旬).実験地の斜面で植生調査をおこない現況を把握。また,外来種ネズミムギの駆除を目的として,ネズミムギ結実前の草刈りを実施。 
2回目(6月中旬).キャンパス周辺の棚田地帯に出かけ,初夏に結実する草原生植物のタネを集め,実験地の斜面に播種。
3回目(10月中旬).実験地で植生調査をおこない現況の把握と6月の播種の成果を確認.
4回目(11月中旬).再びキャンパス周辺の棚田地帯に出かけ,秋季に結実する草原生植物のタネを集め,実験地斜面または育苗箱に播種。
これまでに2009年度の全4回と,2010年度の3回目までが完了しています.さて,その成果はどのようになっているでしょう。

これまでの結果(1) ネズミムギの密度は早期刈り取りで低下した
5月中旬にネズミムギの抑制を目的として草刈りを実施しました。従来,この斜面ではネズミムギ結実後にあたる6月中旬に草刈りがおこなわれていましたが,これを1ヶ月早め,ネズミムギが種子をつくる前に刈り取ってしまう作戦です。ネズミムギは1年草であり,また,その種子の土壌中での寿命はせいぜい数年間なので,結実前に刈り取ってしまえば翌年以降の個体数が減少すると考えられます。
さて,2009年5月に刈り取りをした場所(早期刈り取り区)がその後どうなったか,従来どおりに6月に草刈りをした場所(対照区)と比較をしてみました。その結果,早期刈り取りの1年後にあたる2010年5月には,早期刈り取り区では,ネズミムギの密度は対照区の約1/10に押さえられていました。確かに,早期刈り取りを数年繰り返せば,ネズミムギの密度を引き下げることができそうです。
しかし,ネズミムギの枯死したあとの夏から秋にかけてはアメリカスズメノヒエやセイタカアワダチソウの天下となりました。今後はこれらをいかに抑制するかが課題です。
試しに2010年度10月にはセイタカアワダチソウの抜根除草を実施しました。この成果を確認できるのは来年(2011年)の夏です。

これまでの結果(2) 在来種のタネはただばらまいても翌春までにほとんど定着しなかった
2009年6月,チガヤ・ウツボグサ・ノアザミ・ニガナなどの在来の草原生植物のタネを実験地に播種しました。自然状態で散布されたのと同じようにするため,採ってきたタネをただばらまきました(もちろん,この方法がいちばん楽ちんだからという理由もあります)。
同年10月にモニタリングをしたところ,発芽定着はまったく確認できませんでした。発芽しなかったのかどうかは分かりません。これらのタネが発芽するのは冬を越してからかもしれません。あるいは夏に発芽はしたけれど,セイタカアワダチソウによる日陰や夏季の乾燥などが原因で定着できずに死んだのかもしれません。
懲りずに同年11月,ヤマハッカ・ツリガネニンジン・アキノキリンソウ・ツルボなどのタネを6月と同様にばらまきました。
翌2010年5月のモニタリングでは,やはりほとんど定着していませんでした(ただしウツボグサのみ,ごく少数のロゼットの定着が見つかりました)。
以上より,ただばらまくのは,労力のかからない楽な方法ではあるけれど,成果はほとんど期待できなさそうだと考えられました。ただし,発芽しなかったか,それとも発芽後の定着に失敗したのかは不明のままです。また,本来いつ頃発芽するものなのかも不明です。後者を確認するためには,種ごとに制御環境下で発芽実験をおこない,発芽休眠特性を把握しておく必要があります。

これまでの結果(3) ちょっと覆土してやると定着しやすくなるのかも?
2010年6月の播種の際は2009年とおなじ方法の追試をせず,別の方法を試すことにしました。こんどは播種前にすこし地面をひっかき,また播種した上から1~2cmほど,うっすらと覆土をしました。播いた植物種は昨年とほぼ同じです。
その結果,2010年10月のモニタリング時には,ウツボグサとノアザミの実生発芽個体が数多く確認されました(ただし,これらが2009年播種のものか2010年播種のものかは判別できませんでした)。さらに,昨年の秋に播種したタネに由来するヤマハッカが数個体あり,開花・結実が確認されました。いずれも,セイタカアワダチソウに日陰された状態で夏を乗り越えていました。
以上より,覆土をすることで発芽・定着が促進される可能性が考えられました。しかし別の考え方もできます。ノアザミやウツボグサの種子の休眠解除に冬越しが必要だった可能性が考えられるのです。もしそうだとすれば,今回確認された実生は,覆土の効果によって定着したのではなく,単に時期が来たから発芽しただけかもしれません。2009年と2010年でおなじ実験地に播種したのはうかつでした。来年度から,ちょっとずつ播種区をずらすことで,この疑問を解消したいところです。
 
これまでの結果(4) 苗で導入すればかなり確実
2009年11月に採取したタネの一部は,現地に直接播種せずに,育苗バットに播種していました。育苗した種は,ツリガネニンジン・アキノキリンソウ・ツルボ・ヤマハッカ・ノアザミの5種です。12月に育苗バットに川砂を敷いて播種したところ,翌春までに多数が発芽し,大量の苗が得られました。これらの苗を2010年6月に実験地に移植しました。これらの苗は,夏の間,セイタカアワダチソウやアメリカスズメノヒエに被圧されながらも生きのび,2010年10月のモニタリングでは大半の定着が確認されました。手間はかかるものの苗での移植は歩留まりがかなり高くできます。入手できる種子が少ない場合は育苗+移植がよいようです。

そのほか,やってみて分かったこと。
実際にこれらの植物を育ててみると,種によって生き方が様々であることがよく分かります。たとえばノアザミは冬に播種したものが春には開花しました。ヤマハッカとアキノキリンソウは翌秋に開花しました。しかし,ツルボとツリガネニンジンとウツボグサは1年目には開花までこぎ着けず,ロゼットで1年目を終えました。おそらく地下部を大きくしていることと思います。ツリガネニンジンやウツボグサのロゼットは低い位置にあるので,畦畔草原のような頻繁に刈り取りがおこなわれる場所でも,1年目はダメージを受けずにすごせそうです。
草原創出にあたって,今回は在来種の導入をする場所を局所に限定して作業をしました。とくに理由があったわけではありませんが,この方法のメリットがあることに気付きました。この草原では年に2回草刈りをしますが,導入種を局所的に集中させている場合は,そこを避けて刈り取りすることが可能です。播種直後または移植直後の個体をいたわりながら植生管理をするためには,導入種をまとめて植えることが有効でしょう。

今後の予定
今後,3年間はこの演習を継続し,まずは実験地に畦畔と同等の組成をもった草原を形成したいと考えています。うまくいけば,アルファガーデンの新たな名所として楽しんでもらえると思います

2009年5月 現況調査.ネズミムギが優占
2009年10月 モニタリング.セイタカアワダチソウが優占
2009年11月 秋の種子採取
2010年6月 初夏の種子採取
2010年6月 ツリガネニンジンやアキノキリンソウの苗
2010年10月 ツリガネニンジンの根生葉
2010年10月 ウツボグサの根生葉
2010年10月 苗で導入したヤマハッカ.開花!
2010年10月 おなじく


※執筆教員のプロフィールについては、こちら をご覧ください。

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