姫路駅から西へ徒歩約15分。姫路城の西側を流れる船場川を渡り、ほどなく進むと、趣深い佇まいを見せる旧藤森家住宅に辿り着きます。藤森家は耳鼻咽喉科の名医として名高く、この住宅にお住まいだった先生が医院を営業されていたころは、午前5時頃から行列ができ、深夜まで診察が続いていたそうです。この地には、もともと昭和初期に地元の資産家が茶室と待合を建てて庭を設けていましたが、後に藤森眞治氏の所有となり、既存の茶室や待合を生かしながら昭和15年に現在の屋敷構えが整えられました。
本館は戦後のモダニズム建築に先鞭を付けたとされる海老原一郎氏の手による数寄屋風の近代和風建築です。華美な装飾を施さず、機能性を重視した構造でありながら、随所に名栗や磨き丸太、船底天井といった数寄屋風の材料や意匠が用いられています。海老原氏が手掛けた住宅建築としては、唯一現存する貴重な作品とされています。本館を奥に進むと、数段上がったところに二間続きの座敷があります。この建物は、加賀宮家の出産の際に使用された産殿を主治医であった藤森家が貰い受けて移築されたもので、現存する産殿遺構として貴重な建築遺構です。
このような価値が評価され、2015年に藤森家より姫路市に寄贈された後の2022年に国の登録有形文化財（建造物）となりました。
旧藤森家住宅は2025年4月より、毎月公開されています。この取り組みは姫路市からの無償管理委託を受託した管理団体「旧藤森家を守る会」によって行われています。「旧藤森家を守る会」は、20年以上前からこの地域でまちづくり活動している「歴史と出会えるまちづくり船場城西の会」での経験を生かした有志による組織で、現在近隣に住んでいる方々のほか、この地域出身で現在は少し離れた場所にお住いの方も参加されているそうです。管理・公開のきっかけとなったのは、2023年に市の主催で開催された街歩きイベントの際、建築内部や庭の状態が悪く、市民の見学に支障があったこと。住民側から市へ管理の申し入れを行い、協議の結果、現在の管理・公開が行われるようになりました。
2025年11月8日（土）、「市民主体の緑環境マネジメント演習」の一環として、この月の公開に向けた清掃活動に参加し、お話を伺いました。私たちがお手伝いしたのは庭園の清掃・植物管理です。旧藤森家住宅の庭は広く、公開に訪れると自由に散策することができます。表門から玄関に続く玄関庭を進み、玄関脇から続く飛び石を伝って西側（本館の南側）に進むと小さな築山と鯉溜まりのある池があります。コンクリート製の擬木を用いた池の護岸や土橋からは、時代性を感じられます。本館の座敷正面にあたる西側には明るい広場があり、奥へ進むと茶室周りには露地庭、また、本館と待合、産殿の間に中庭があります。2023年の時点では、広場には腰丈まで草が繁茂していたとのこと。また、現在配布されているパンフレットからは、本館の周囲にかなり樹木が茂っていた様子がみてとれます。
これまでのお手入れで、樹木はかなり整理されたそうです。玄関庭では、育ちすぎていたと推し量られる低木類が大きく切り戻されており、現在はとてもスッキリしていますが、まだまだ庭を景色として楽しむことができる状態とは言えません。敷地の奥にある茶室の脇にある蹲周辺は下草や小さな実生樹木が茂っており、低木は枯れ枝だらけ。園路沿いに繁茂したハランは古葉が目立つ状態でした。今回は、茶室周りの露地庭を中心に、足元の掃除と枯れ葉・枯れ枝の撤去等を行いました。
長らく放置された庭では、丁寧に管理されていた時代とは異なる状態の植物が存在しています。樹木や下草それぞれについて、役割や本来の枝ぶりを想像しながら、景色としてきれいになるようにお手入れします。学生たちは、それぞれの視点で必要と思う箇所に手を入れ、市民に短時間でどの程度の作業ができるのか、また何がモチベーションとなっているのかを、実践を通じて感じ取っていました。
私はうっかりハランの整理に夢中になって作業後写真を撮り忘れたのですが、明るく開けた茶室の縁先には大きな礎石や、あまり見かけない形の石燈籠（朝鮮燈籠？）があり、茶会の際には席主自慢の見どころであったのだろうと想像させます。建物の品格の高さからみても、庭もまた丁寧に作り込まれていたことが伺えます。気になる方は、是非公開日に足を運んでみてください。
【リンク】
